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    カッコイイギタリスト!日本・海外のロックギタリストを紹介!

    以前ギターをやっていた頃によくコピーをしたギタリスト、今聴いても「カッコイイフレーズを弾くな」と思うギタリストの紹介です。

    カッコイイギタリスト!日本・海外のロックギタリスト!

    カッコイイギタリスト!日本・海外のロックギタリスト!

    まずは、カッコイイと思う日本のロックギタリストを紹介します。

    菊地英昭(きくち ひであき)

    1986年、KILLER MAYのギタリストとしてメジャーデビュー。1989年に解散。

    1989年、THE YELLOW MONKEYのギタリストとしてメジャーデビュー。愛称はEMMA(エマ)。2004年7月に解散。

    その後、吉井和哉、吉川晃司などのレコーディングやライブサポートを行い、2008年にインディーズ・レーベル「Brainchild’s Music」を設立。

    2016年、THE YELLOW MONKEY再結成に参加。

    エアロスミスのギタリスト、ジョー・ペリーのスタイルに影響を強く受けている。

    個人的な思い出

    イエローモンキー時代は、青いギブソンのレスポールをよく使っていたのを覚えています。

    ギターリフがシンプルでカッコイイものが多く、よくコピーをしました。

    SUGIZO(スギゾー)

    1989年、LUNACYに加入。

    1992年、LUNA SEAのギタリストとして、2ndアルバム「IMAGE」でメジャーデビュー。

    1996年12月をもって1年間の充電期間に入る。

    1997年にシングル「LUCIFER」でソロデビュー。

    1998年、LUNA SEAでの活動を再開。

    2000年に東京ドームでのライブをもって、LUNA SEA終幕。

    2008年、東京ドームでのX JAPAN復活ライブに、サポートギタリストとして参加し[、HIDEのパートを担当する。

    2009年5月にX JAPANに正式加入。

    2010年にLUNA SEAの活動を再開。

    YMO、土屋昌巳、渡辺香津美、フランク・ザッパ、マイルス・デイヴィス、デヴィッド・ボウイ、ジャパンなどのミュージシャンから影響を受けている。

    個人的な思い出

    私のギターを始めるきっかけを作ったギタリストです。

    当時コピーをしてみましたが、音作りが難しく似たような音すら作れなかったのを強烈に覚えています。

    同じタイプのギターが欲しかったのですが、高くて手が出なかった記憶があります。

    アベフトシ

    1994年に、「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」に加入。

    1996年、「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」のギタリストとして、シングル曲「世界の終わり」でメジャーデビュー。

    2003年10月11日、幕張メッセでのライブをもって「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」解散。

    2004年、元SNAIL RAMPのAKIOのソロプロジェクトKOOLOGIに参加。

    2008年9月15日、シーナ&ザ・ロケッツの広島公演にてスペシャルゲストとして5曲を演奏。

    晩年は故郷・広島に帰りペンキ屋として生計を立てていた。

    2008年12月29日〜31日の代々木第二体育館で行われた吉川晃司のライブに出演した。

    しかし、これがアベの生涯最後のライブ出演となった。

    2009年7月22日未明、急性硬膜外血腫のため死去。

    ドクター・フィールグッド、鮎川誠等のミュージシャンから強く影響を受けた。

    個人的な思い出

    ギターを始めて数年後に存在を知りました。

    シンプルなフレーズ、シンプルな音、超絶なテクニックに惹かれました。

    影響を受け、安いテレキャスを買い、アンプ直で弾いていました。

    その後、安いギターでは物足りず、本気で同じギターを注文して買おうと思った時もありました。

    次に海外のカッコイイと思うギタリストを紹介します。

    カッコイイ海外のロックギタリスト!

    カッコイイ海外のロックギタリスト!

    ジミ・ヘンドリックス

    1966年に自身のバンド「ジミー・ジェイムス&ブルー・フレイムス」を結成。

    この活動を目にした「アニマルズ」のベーシスト、チャス・チャンドラーの誘いを受けイギリスへ渡り「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」を結成する。

    1967年に 「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」 は、モンタレー・ポップ・フェスティバルでアメリカで凱旋デビューを果たす。

    1968年、エクスペリエンスの3枚目のアルバムにしてジミ最後のスタジオアルバムとなる「エレクトリック・レディランド」をリリース、全米チャートで1位を獲得する。

    1969年のデンバー・ポップ・フェスティヴァルを最後にエクスペリエンスは解散。

    1970年、 同年9月18日未明、ロンドンのホテルに滞在中に急逝。

    メジャーデビューからわずか4年ほどでの死だった。

    多くのミュージシャンや評論家から史上最高のロックギタリストと呼ばれている。

    個人的な思い出

    不思議な音程、不思議なフレーズ、「上手いのか?下手なのか?」よく分からないけど曲に合っている歌、今まで聴いてきた事がないタイプのミュージシャンでした。

    ロックギタリストを超越した存在だと思います。

    イングヴェイ・マルムスティーン

    1983年にメタルバンド「スティーラー」に加入。

    グラハム・ボネット率いる「アルカトラス(Alcatrazz)」に加入し名声を得る。

    1984年、自らのバンド「ライジング・フォース」を結成。

    ソロデビューアルバム「ライジング・フォース」をリリース。

    1987年に車を運転中、木に激突するという大事故を起こす。

    8日間にわたる意識不明の重体で、右手に後遺症による麻痺も煩いリハビリで克服するが、ギタープレイ自体にも支障を抱えることになる。

    1989年、Rising Force解散。以降は自身の名で活動をしていく。

    1999年、アルバム「アルケミー」をリリース。これ以降はライジング・フォース名義で活動していく。

    ジミ・ヘンドリックス、リッチーブラックモア等のギタリストの影響を強く受けた。

    個人的な思い出

    初めて聴いた時は、全く興味がありませんでした。

    確か歌の入っていない「インスト」CDを聴いたのは、イングヴェイのCDがクラシック以外で初めてです。

    何か「ピロロローン、ピロロローン」というギターの音なのか、何の音なのかよく分かりませんでした。

    その後、学校の先輩などから凄さを聞いて、再び聴いてみてやっと凄さが分かりました。

    コピーに挑戦はしましたが、全く弾けませんでした。

    譜面は頭に入りますが、全く指がついて行かない感じでした。

    リッチーブラックモア

    1967年、バンド「ディープ・パープル」でデビュー。

    その後、脱退、結成、脱退を繰り返す。

    1975年レインボーを結成。その後活動停止。

    1997年ブラックモアズ・ナイト結成。

    ジミ・ヘンドリックスの影響を強く受けた。

    個人的な思い出

    誰もが知っている(たぶん?)、ギターを弾いた事のある方なら誰でも挑戦する曲は 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 でしょう。

    リッチー・ブラックモアのリフは、シンプルで印象的なリフが多くてカッコイイです。

    憧れによりフェンダーのストラトを買った事もあります。

    今までは、エレキギターの定番と言われるストラトは弾いた事がなかったのですが、ストラトは非常に弾きやすかったです。

    「定番は伊達に定番ではないのだなぁ」と考えさせられました。

    カッコイイギタリスト!日本・海外のロックギタリスト!感想

    個人的にカッコイイと思う、日本・海外のロックギタリストを紹介します。どのギタリストの曲も一度や二度はコピーをしてみました。弾けるかどうかは別ですが(笑)。

    今回紹介したギタリストは、弾けたかどうかは別として、どれも一度はコピーに挑戦したギタリストでした。

    今でも時々聴いている、私にとってはカッコイイと思うギタリストの紹介でした。

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